フランスのワイン産業は、地球温暖化に伴う生育サイクルの前倒し、ブドウの過熟、酸度の低下、および完成ワインのアルコール度数上昇という深刻な危機に直面しています。
これに対し、原産地呼称統制(AOC)制度を維持しつつ、長期的な生存を図るためのブドウ品種戦略が模索され始めているところです。
シャンパーニュ、ボルドー、ブルゴーニュの主要3産地における品種多様化の最新動向を網羅的に検証し、その背景にある「伝統維持」と「変化の許容」というテロワール哲学の論理的相違、および将来のアペラシオン制度と消費者に与得る影響を整理していきます。
KSKClimate Changeという気候変動に対して、どのように対応していくかブドウ品種の観点からどう対策を行っているか?を考えることは、今後の地球温暖化対策などの観点からも重要であると考えます。
シャンパーニュ地方:シャルドネ・ロゼの認可と9品種による生物多様性戦略


シャンパーニュ地方では、温暖化による急激な酸度の喪失を防ぎつつ、製品の品質とフレッシュさを維持するための品種多様化が図られています。
シャルドネ・ロゼの公式認可と栽培制限
フランス国立原産地名称研究所(INAO)は、2025年6月にシャルドネの自然突然変異種である「シャルドネ・ロゼ(Chardonnay Rose)」を、AOCシャンパーニュおよびAOCコトー・シャンプノワの規定に公式認可品種として追加することを決定しました。
この品種は、20世紀初頭にシャンパーニュ地方のコート・デ・ブラン地区で発見されたピンクからグレーの果皮を持つ極めて希少な突然変異種です。通常の白ぶどうであるシャルドネ(Chardonnay)と比較して糖度が高くなりやすく、酸度がわずかに低くなる特性を持つ一方、温暖な気候下でしなやかな質感と丸み、そして華やかなアロマ特性を発揮するため、ブレンドの調和を整える役割を期待されています。
現在、シャルドネ・ロゼはコート・デ・ブラン地区のほか、ブルゴーニュのマルサネ(ドメーヌ・シルヴァン・パタイユが自社畑の一部で保存)やジュラのアルボワ(ドメーヌ・ティソによるマサル・セレクション)、さらには米国カリフォルニアのフィラン・ファーム(ラジャット・パー氏がバイオダイナミック農法で栽培)など、極めて限られた世界の生産者で栽培が継続されているところです。
「9つの認可品種」と生物多様性の構築


シャルドネ・ロゼの追加により、現在のシャンパーニュAOCで認められたブドウ品種は計9品種に達しています。栽培面積の99.7%を占める「主要3品種」(ピノ・ノワール、シャルドネ、ムニエ)の陰で、約0.3% に過ぎない「忘れ去られた4品種」(アルバンヌ、プティ・メスリエ、ピノ・ブラン、ピノ・グリ)の再評価も進んでいます。なぜならば、アルバンヌやプティ・メスリエは、酷暑のヴィンテージでも高い酸度を長く保持できる特性があり、気候変動への天然のバッファーとして注目されているからです。
さらに、2022年にはベト病およびうどんこ病に対する高い耐性を備えた交雑品種(ハイブリッド)である「ヴォルティス(Voltis)」が試験的品種として規定に組み込まれています。
伝統的な品質と産地の名声を維持するため、INAOはこれら新・希少品種の栽培に極めて厳格な二重の規制を課しています。
- 栽培面積制限:各栽培農家(ドメーヌ)の総栽培面積の最大 5%までに制限
- ブレンド比率制限:最終的な瓶詰め時のアッサンブラージュにおいて、対象品種の構成比率は最大10% までに制限
- 評価期間:約10年間(2032年または2033年まで)の観察期間が設けられ、その後にアペラシオンへの永久採用か、試験延長、あるいは除外かが最終決定
このような厳密な枠組みの中で、ドラピエ(ユーゴ・ドラピエ氏)やヴランケンといった大手・実力派メゾンのほか、マシフ・サン・ティエリ地区のプイヨン村で有機栽培を実践し、台木(Porte-greffe)ごとに区画を分けて醸造するドメーヌ・ブルデール・ガロワ(ダヴィッド・ブルデール氏)などの実験的生産者が、これらの品種をアッサンブラージュに取り込み始めています。
ボルドー地方における「適応のための関心品種(VIFA)」の導入と規制


ボルドー地方では、2021年以降、気候変動対策としてアペラシオン規定に「適応のための関心品種(VIFA:Variétés d’Intérêt à Fin d’Adaptation)」を公式に導入しています。これは、近年の温暖化によって早熟化し、アルコール度数が過度に上昇しやすい主要品種メルロの代替および味わいの補正を直接的な目的としています。
6つの試験的導入品種とその特性
現在、ボルドーおよびボルドー・シュペリュールのアペラシオンで栽培が認められているVIFAは、赤4種、白2種の計6品種です。
| 品種名 | 果皮色 | 由来・交配構成 | 主な農学的・環境的特徴 | 期待される官能的効果(ワインスタイルへの影響) |
| アルヴァリーニョ | 白 | イベリア半島原産 | 灰色カビ病に強く、中程度の糖度上昇に留まり、高い酸度を維持可能 | 温暖化で失われがちなワインのフレッシュさと、引き締まったアロマティックな酸味を付与 |
| リリオリーラ | 白 | バロック × シャルドネ | 灰色カビ病への耐性が高い。非常に強力な芳香性を持つ | 高温化に伴う白ワインのアロマ喪失を補い、力強く華やかなブーケを形成 |
| マルスラン | 赤 | カベルネ・ソーヴィニヨン × グルナッシュ | 晩熟型で遅霜リスクを回避しやすい。灰色カビ病、うどんこ病、ダニに高い耐性を示す | 濃い色調、しっかりとした骨格、高い熟成ポテンシャルを持つ表情豊かな赤ワイン |
| アリナルノア | 赤 | タナ × カベルネ・ソーヴィニヨン | 規則的な生産性。灰色カビ病に強い。糖度上昇が緩やかで、良好な酸を保持しやすい | 骨格がしっかりとしたタニックな味わい、深い色調、複雑で持続性のあるアロマ |
| トウリガ・ナシオナル | 赤 | ポルトガル原産 | 非常に晩熟。遅霜リスクが極めて低く、乾燥や高温の気候に非常によく適応 | 優れた品質、芳醇かつ複雑なアロマ、ボディとストラクチャー、濃厚な色調 |
| カステ | 赤 | ボルドーの歴史的・遺忘品種 | 灰色カビ病、うどんこ病、そして特にベト病に対して高い耐性を発揮する | 深い色調を持ち、長期の瓶熟成に耐える伝統的なボルドーの骨格を再構築 |



ポルトガルの品種として有名なトウリガ・ナシオナルなどが登録されているのは実に興味深いですよね!ワイン会の話の中などで豆知識的にお話をすると驚かれるので是非試してみてください笑
実務における規制制限と実証研究


VIFAの導入はアペラシオン全体のスタイルを揺るがさないよう、極めて厳格な「安全弁」が設けられています。
- 栽培およびアッサンブラージュ制限:個々の農家における栽培面積は、当該カラーの総面積の最大5%までに制限され、最終的なブレンド比率は最大 10% までに制限
- 品種名表示の禁止:消費者がボルドー・ワインとしてのアイデンティティに混乱を来さないよう、商品ラベルにこれらの品種名を記載することは一切禁止
- 追跡評価:栽培者は植栽前にINAOおよびODGと個別協定(convention)を締結し、糖度、酸度、収量、病害感受性、仕上がったワインの官能特性を最長20年間にわたりデータ転送して追跡調査
これらの品種をいち早く取り入れた事例として、ブライ近郊のシャトー・ペボノム・レ・トゥール(ラシェル&ギヨーム・ユベール夫妻が運営)が挙げられ、同シャトーでは2015年にトゥーリガ・ナシオナルを、2022年にはカステをいち早く自社畑に導入しています。
さらに、オー・メドック地区の格付けシャトーであるシャトー・ラ・トゥール・カーネ(マゾン・ベルナール・マグレ所有)では、未来の気候変動を見据えた「ラ・トゥール・カーネ 2050」および「オラクル(Oracle)」と呼ばれる大規模な実証実験が行われています。
このプロジェクトでは、90種類以上のブドウ品種を集めた実験用区画(「Bas」および「Haut」)を設置し、航空技術用の加熱ケーブル(warming cables)をブドウ樹の樹液流に沿って巻きつけ、人工的に2050年の予想気温に引き上げて栽培をシミュレートしています。
これにより、従来の主要品種(メルロ、カベルネ・ソーヴィニヨン)と、トウリガ・ナシオナルなどの適応品種の農学的データ(萌芽、開花、ベレーゾン、収量、成熟期の前倒し状況など)を比較分析し、未来のグラン・ヴァン(Grand Cru Classé)にブレンドすべき最適な品種ポートフォリオを検証しています。
ブルゴーニュ地方:固有リソースの最大化と伝統的テロワールの保守


ボルドーが外部の品種や耐病性交雑種を積極的に取り入れる「攻めの適応」を選択したのに対し、ブルゴーニュ地方は「守りの適応」を徹底しています。これは、シャルドネとピノ・ノワールという伝統品種の枠組みを崩さず、地域固有のマイナー品種の再導入、クローンからマサル・セレクション(野性選抜)への回帰、および地下の「台木」の再選定にフォーカスする極めて内省的な適応策です。
「CEPInnov」プロジェクトと生物多様性
ブルゴーニュでは、急進的な新品種導入を避けつつも、将来の病害や気候ストレスに強い独自の「Vitis vinifera」系統を創出するため、中長期的な研究開発を行っています。 ブルゴーニュワイン委員会(BIVB:2026年の総会にて「コミテ・ブルゴーニュ」に改称 )は、シャンパーニュ委員会(Comité Champagne)と連携し、INRAEおよびIFV(フランスブドウ・ワイン研究所)との共同プロジェクトとして2015年に「CEPInnov」を立ち上げたました。
最低15年間の継続が予定されているこの大規模プログラムは、ブルゴーニュとシャンパーニュが同一の主要品種(ピノ・ノワール、シャルドネ)を共有している強みを活かし、これらの品種およびその祖先であるグエ・ブラン(Gouais Blanc)と耐病性系統を交配させ、地域のテロワールらしさ(typicity)を維持した、ベト病・うどんこ病に強い約370種の新たな適応系統を追跡調査しています。
サオーヌ・エ・ロワール県のアルズ(Aluze)にある実験区画において、樹勢や木化直径など26の農学的インジケーターを個体ごとに測定し、収穫されたブドウは試験用ワイナリーにて超小規模で個別に仕込まれ、専門家による厳格なブラインドテイスティング評価を受けています。この計画では、2030年までに最終的に優れた適応・耐性を持つ約10系統を選抜し、将来の公式カタログおよびアペラシオン規定への登録(VATE:農学的・技術的・環境的価値の評価)を目指しています。
マサル・セレクションとクローン選抜の再評価
ブルゴーニュでは、過去数十年間にわたりウイルスフリーや生産効率を求めて特定の「クローン選抜」が定着してきました。しかし、これらの多くは「涼しい気候下で早期に成熟し、高い糖度を蓄積する」ことを目指して選抜されたものであり、近年の高温・乾燥ヴィンテージにおいては過熟やアルコール度数の急上昇を助長する要因となっています。
これに対し、名門ネゴシアンのルイ・ラトゥール(エステート・ディレクターのクリストフ・デオーラ氏)や、マルサネの Sylvain Pataille(シルヴァン・パタイユ氏)などの先駆的生産者は、自社の古い優良なブドウ樹から穂木を採取し、多様な個体を混生させる「マサル・セレクション(野性選抜)」への回帰を強力に進めています。パタイユ氏は、早くから有機栽培(2008年に認証取得)や手摘み収穫、垂直式プレスを用いた丁寧なワイン造り(自社の高級キュヴェ「マルサネ・フルール・ド・ピノ」はリリース価格で 43ユーロ から、ヴィンテージにより103ユーロを超える取引相場を形成)を通じて、テロワールの個性を表現するために多様な遺伝的クローンの維持とマサル・セレクションが不可欠であることを実証しています。
この取り組みにより、糖度の急激な蓄積を抑制し、低いpH(高い酸度)を保持しながらじっくりとフェノール類が成熟する晩熟個体群が再発見・増殖されています。
台木(Porte-greffe)の不適合と161-49Cの衰退問題
ブルゴーニュの適応戦略において、最も深刻かつ早急な対応を迫られているのが、接ぎ木に使用する「台木」の選択です。 これまでブルゴーニュでは、石灰質の強い粘土石灰質土壌に適応し、中程度の穏やかな樹勢をもたらす理想的な台木として、全栽培面積の約 12%(約30,000ヘクタール)において「161-49クーデルク(161-49C)」が広く用いられてきました。しかし、近年夏場の酷暑と極度の水不足が常態化したことにより、161-49Cに接ぎ木された若いブドウ樹(植樹後10〜20年)が突然元気を失い、乾燥に耐えかねて枯死・衰退するトラブルがブルゴーニュの多くの高名な特級・一級畑で頻発しています。
研究機関および病理学的調査により、以下の解剖学的・生理学的機能不全が明らかとなりました。
- 形成層の機能不全と樹皮の異常肥厚:水ストレス下において、161-49Cは接ぎ木界面および台木幹部において木部形成層の分裂を停止し、代わりにはがれにくい極めて厚い非接着性の外皮(二次靭皮・コルク組織)を形成
- 貯蔵デンプン供給の遮断:健康な樹では根に蓄積されるべき貯蔵炭水化物(デンプン)が、幹の上部(穂木部分)でブロックされ、接ぎ木界面より下の台木および根部への配分が極めて低レベルに低下
- 道管閉塞(塞栓症):根が十分な養分を得られず樹勢が衰えると、幹の木部管(道管)におけるチローシス(閉塞物質)の発生率が 80% から 100% に達し、深刻な塞栓症(エボリズム)を引き起こして道管が機能不全となる
この「161-49Cの突然死」現象を受け、ブルゴーニュでは以下の代替・再評価台木への移行が加速しています。
- 41B:活性石灰耐性が最大40%と極めて高く、萌芽期や成熟期の生育サイクルを遅らせて果実にしっかりとした高い酸を維持できるクラシックな台木 。根系が深く、適度な樹勢(C3309と同等)を与えるため、温暖化耐性のエースとしてシャンパーニュやブルゴーニュの特級畑で広く再評価
- リパリア・グロワール・ド・モンペリエ:深根性で、土壌の乾燥に対して良好な安定性をもたらす台木として、ブシャール・ペール・エ・フィスなどの名門ドメーヌが2021年より自社畑で正式採用を開始
- 1103ポールセン(1103 Paulsen):極めて旺盛な樹勢と最高レベルの耐乾性を誇り、将来の極度の高温化を見据えて各地で栽培実証実験の実施
忘れ去られたブルゴーニュの歴史的マイナー品種


「ピノ・ノワールとシャルドネのモノカルチャー(単一栽培)」からの段階的脱却として、伝統的補助品種やマイナー品種の活用が見直されています。
アリゴテ(Aligoté)のルネサンス
過去に「過度な鋭い酸味、希薄さ」と軽んじられ、平地の排水の悪い畑に追いやられていたアリゴテが劇的な復活を遂げています。 温暖化が進んだ近年、アリゴテは生理的完熟(フェノリック・マチュリティ)を容易に達成できるようになっています。本来持つ豊かな酸を維持しつつ、アルコール度数の上昇が穏やかであるため、シャルドネが完熟しすぎて重たいアルコール感を持つ年でも、ブルゴーニュらしいエレガントな酸味とフィネスを保持できるからです。
特に、 Laurent Fournier(ローラン・フルニエ氏、ドメーヌ・ジャン・フルニエ)らが発足した「レ・アリゴトゥール(Les Aligoteurs)」などの尽力により、収量を低く抑えてテロワールを表現する(アリゴテ・ドレやアリゴテ・ヴェールなどのクローン選抜)運動が拡大しています。2024年には、ディジョン市に164系統のアリゴテの古樹から採取したクローンを保存する「品種保護コンサヴァトワール」が設立されています。現在、 Meursault などの高名なアペラシオンにおいても、補助品種としての配合を認めるVIFAプロジェクトの申請準備が進められています。
イランシー(Irancy)とセザール(César)
ヨンヌ県の赤ワインアペラシオン「イランシー」では、主要品種ピノ・ノワールに対し、古代ローマ人がこの地に伝えたとされる非常に希有な補助品種「セザール(César)」の最大10% までの混醸が歴史的に認められています。 セザールはピノ・ノワールよりも晩熟で、強固なタンニンと非常に深い色調をもたらします。温暖化により、ピノ・ノワールの色合いが薄くなりすぎたり、酸度が著しく低下してワインが弛緩したりするヴィンテージにおいて、色調の安定化と引き締まったタンニンの骨格(ボディ)を補強するための強力なクラシック・アジャスターとして機能が再評価されているとのことです。
特筆すべき他産地の動向:ローヌおよびプロヴァンス
気候変動による「熱波と極度の乾燥」に直面している南仏やローヌ渓谷でも、INAO主導によるVIFA(適応のための関心品種)制度が積極的に採用されています。
コート・デュ・ローヌ(Côtes du Rhône)
ローヌ南部では、グルナッシュやシラーが過熟し、ジャムのような果実味と高すぎるアルコール度数に陥る危険にさらされています。 アペラシオン管理組合(ODG)は、2022年8月に以下のVIFAの試験導入を申請しています。
- カリニャン・ブラン(Carignan Blanc):ローヌ南部やラングドック・ルーション、プロヴァンスなどの地中海沿岸部で歴史的に使用されてきた古代品種。不妊に近い痩せた土壌に適応し、優れた耐乾性を持ちながら、ワインにフレッシュで生き生きとした酸とフルーティー・フローラルな香り。
- ロル(Rolle / ヴェルメンティーノ):乾燥に非常に強く、芳醇かつ芳しいアロマとコク(脂質)を付与する地中海品種
- フロレアル(Floreal)およびヴィドック(Vidoc):INRAEコルマールが開発した、病害(ベト病、うどんこ病)へのポリジェニック耐性を持つハイブリッド品種 。温暖化下においても極端にアルコールが上がりにくく、ヴィドックは豊富なタンニンとスパイス、完熟果実のアロマをもたらす。
コート・ド・プロヴァンス(Côtes de Provence)
プロヴァンス地方では、温暖化下でプロヴァンス・ロゼの真髄である「極めて淡い色調、上品な香り、そしてクリスピーなフレッシュ感」を維持するため、地中海の類似した環境(アナロジー)を持つ他国から、以下の優れた耐乾性品種を導入する決定を下しました。
- アギオルギティコ(Agiorgitiko)
- モスコフィレロ(Moschofilero)
- クシノマヴロ(Xinomavro)
- カラブレーゼ(Calabrese / ネーロ・ダーヴォラ)
- ヴェルデホ(Verdero)
れらのギリシャ、イタリア、スペインに起源を持つ5品種が、アペラシオン規定にVIFA(最大10年間の試験栽培)として組み込まれています。これらは酷暑でも酸度を驚異的に保持でき、色調の過度な抽出(フェノールのコントロール)に貢献することを期待されています。
比較分析:伝統維持と変化許容の境界線、およびテロワール哲学の対立
主要産地の品種戦略を「伝統維持」と「変化の許容」という2本の軸で整理すると、それぞれの産地が置かれた商業的・思想的背景、およびテロワール哲学の決定的な違いが浮かび上がります。
主要3産地の品種戦略および適応アプローチの比較マトリックス
| 比較軸 | シャンパーニュ地方 | ボルドー地方 | ブルゴーニュ地方 |
| 基本スタンス | 漸進的かつ制御された適応 変異種や極小比率のハイブリッド採用 | 攻めの能動的適応 外来品種および人工交配種の積極的導入 | 徹底した守りの適応 域内伝統品種の遺伝多様性の最大化 |
| 主な適応アプローチ | シャルドネ突然変異種(シャルドネ・ロゼ)の公式追加 。耐病性ハイブリッド(ヴォルティス)の導入 | アリバentry、マルスラン、トゥーリガ・ナシオナル等のVIFA導入 | クローンからマサル選抜への回帰。台木の変更(161-49Cから41B等)。アリゴテ等の再評価 |
| 栽培・ブレンドの制限 | 栽培:総面積の最大 5% ブレンド:最大 10% | 栽培:カラー別面積の最大 5% ブレンド:最終ブレンドの最大10% | 自社畑の植え替え等における自己規制に依存(補助品種はアペラシオン本来の割合を維持) |
| テロワール哲学の根本 | 「技術的アッサンブラージュと熟成の美」 ワインの品質とスタイルは、品種単体ではなく調合と長期熟成(瓶内二次発酵)の技術によって担保 | 「調和(アッサンブラージュ)としてのテロワール」 ボルドーの本質は複数品種の補完関係による調和にあり、要素(品種)の交代は味わいの調和を守る手段 | 「クリマ(区画)の忠実なトランスレーター」 特定の品種(シャルドネ、ピノ・ノワール)のみがその極小区画の土壌や微気候(Climat)のニュアンスをありのままに翻訳 |
テロワール哲学の相違と異なる適応策への論理的帰結
なぜボルドーとブルゴーニュはこれほど対極のアプローチをとるのでしょうか。その理由は、両者が拠って立つ歴史的・思想的「テロワールの解釈」が根本的に異なるためと考えられます。
ボルドーの「オーケストレーション(調和)の哲学」
ボルドーのワイン造りは、単一品種の表現ではなく、複数の品種を組み合わせることで生まれる「完璧な調和(ブレンド)」に最大の価値を置いています。カベルネ・ソーヴィニヨンの骨格、メルロのふくよかさ、プティ・ヴェルドのスパイシーさを混醸し、天候リスクをヘッジすることが数世紀に及ぶ「伝統」でした。 したがって、気候変動でメルロが完熟しすぎて甘く重たくなった際に、味わいの調和(クラシック・ボルドーのエレガンスと酸)を取り戻すため、晩熟なトゥーリガ・ナシオナルを 10% ブレンドすることは、彼らの哲学(調和としてのテロワール)において論理的に矛盾しない妥当な選択となる可能性があります。
ブルゴーニュの「クリマ(Climat)の純粋主義」
これに対し、ブルゴーニュのテロワールは「クリマ(Climat)」、すなわち地層構造、斜面の傾き、微気候という地理的微小区画の個性に絶対的な優位性を置いています。ここでは、ピノ・ノワールとシャルドネというブドウ品種は主役ではなく、それぞれの土壌の微細なミネラル感やエネルギーの違いをノイズなく表現するための「透明なレンズ(トランスレーター)」として定義されています。 もし、ブルゴーニュの特級畑ミュルソーやジュヴレ・シャンベルタンに、ネッビオーロやカベルネ・フラン、あるいはシラーといった外部品種を混醸すれば、それはもはや「クリマの忠実な表現」ではなく、テロワール神話の完全な崩壊を意味します。このため、どれほど温暖化が進もうとも、シャルドネとピノ・ノワールの枠組みを絶対に崩すことができず、地中の台木(41B)を変更するか、自社畑内の多様な遺伝子(マサル・セレクション)を精査して晩熟クローンを見出すという、「内省的かつ保守的な防衛策」をせざるを得ないと思われます。
今後10〜20年におけるワインスタイルとアペラシオン制度の展望
現行の適応品種の導入、マサル・セレクションへの回帰、および台木の再選定といった戦略は、今後10〜20年(2035年〜2045年頃)にかけて、ワインの品質、スタイル、そしてAOC制度そのものの概念に、不可避のパラダイムシフトをもたらすと考えられます。
将来のワインスタイルへの影響予測
シャンパーニュ
シャルドネ・ロゼのような微小変異種のブレンド比率増加、および忘れ去られたアルバンヌやプティ・メスリエの混醸比率上昇により、一般的なノン・ヴィンテージ(NV)はより「芳醇なしなやかさ」と「長く続くアロマの複雑さ」を与えます。 近年シャンパーニュを席巻している「ブルゴーニュ化(シングル・ヴィンヤード、単一クリマ、単一品種の主張)」のトレンドに伴い、大手メゾンや新進気鋭のビオディナミ栽培家から、「シャルドネ・ロゼ100%」あるいは「プティ・メスリエ単一」といった、伝統的ピノ・ノワールやシャルドネの枠を超えた「単一品種による超希少プレミアム・キュヴェ」がリリースされ、市場における認知とブランドの二極化が進むと考えられます。
ボルドー
トウリガ・ナシオナルやマルスランといった品種がアッサンブラージュに最大 10% まで浸透することにより、2040年代のボルドー・ルージュは「色調が濃く、黒系ベリーのアロマが非常に豊かで、若いうちから豊かな口当たりを持つ」スタイルへと緩やかに移行する可能性があります。 これは、かつて「硬質で青臭く、開くまでに10年以上の時間を要した」クラシック・ボルドーのイメージからの穏やかな変化(南仏・地中海スタイルの穏やかな統合)を意味します。しかし、これらの適応品種の高いポリフェノール含有量と酸の保持力は、過熟による「締まりのない、フラットでアルコール感ばかりが目立つ味わい」への転落を防ぎ、偉大なボルドーの証である「長期熟成ポテンシャル」と「フレッシュなフィネス」を結果的に保護することに成功する可能性があります。
ブルゴーニュ
徹底した伝統死守アプローチにより、ピノ・ノワールとシャルドネのクラシックでエレガントなプロファイルは、台木の全面更新(41Bやリパリア)や晩熟マサル選抜の効果により、一定のレベルで維持され続けるでしょう。 しかし、アペラシオンにおける「ヒエラルキー(序列)」の価値観は完全に書き換えられる可能性があります。 かつて日照不足で成熟せず、平地ゆえに粘土質が冷たくて格下(レジオナル・クラス)とされていたアペラシオンや、標高が高く、谷が狭いためにブドウが熟しにくかった冷涼な村(サントーバン、サン・ロマン、オート・コート・ド・ニュイ、オート・コート・ド・ボーヌなど)が、温暖化によって完璧な成熟期を迎えるようになり、最もフレッシュで張りのある「かつての特級・一級畑に匹敵する、本来のブルゴーニュらしさ」を体現するようになるでしょう。逆に、かつて最も日当たりの良い最高のロケーションとされたミッド・スロープ(特級畑の多くが存在する中腹)は、保水力が限界に達して過度の乾燥に苦しむ可能性があり、格下とされていた区画(粘土が豊富で保水力がある平地など)がヴィンテージを救う鍵となります。また、アリゴテが「ブルゴーニュ・ブラン」に一部アッサンブラージュ可能になるなどの制度改革が進むことで、カジュアルレンジにおける酸の復権と、価格の高騰を抑制する効果が生まれることが期待されています。
AOC制度の再定義と消費者ブランド認知への影響
現在「試験的」とされている適応品種(VIFA)の多くが、今後10〜20年の間に「本採用」を決定する審判の時を迎えます。この時、アペラシオン制度を統括するフランス政府およびINAOは、自らの存在意義に関わる重大なジレンマに直面せざるを得ません。
ラベル隠蔽(表示禁止)のジレンマ
ボルドーで実施されている「VIFAをブレンドしても、その品種名をボトルラベルに表記してはならない」という現行規制は、アペラシオンの信頼性と伝統的な銘柄イメージを守る一方、消費者が現在最も関心を持つ「情報の透明性(トレーサビリティ)」や「持続可能な革新への取り組み」を覆い隠す結果となっています。将来の消費者が、これら新しい適応品種を「テロワールを未来に引き継ぐための知的な努力」として支持するのか、それとも「隠された伝統の偽装」と受け止めるかは、今後のINAOおよび各シャトー・生産者が示す開示の姿勢(ディスクロージャー)と情報発信のあり方に委ねられています。
静的(スタティック)な地理的境界線から、動的(ダイナミック)なプロセスの真正性へ
これまでのAOC制度は、「変更を認めない地理的境界線」と「不変のブドウ品種指定」という、固定的な二本の柱によってテロワールの本物らしさ(真正性)を証明してきました。しかし、気候変動はこの二つの前提を完全に崩壊させつつあります。
将来的に、AOC制度の定義は「特定の狭い境界線の中に、伝統の品種が植えられていること」という静的な定義から、「その土地の気候と土壌において、どのような最適な適応技術(最適な台木、遺伝多様性を生かしたマサル・セレクション、環境保全的な混醸比率)を用いて、その土地固有の歴史的・文化的味わいの骨格(typicity)を表現できているか」という、「動的な適応プロセスの真正性」へと転換せざるを得ません。
フランスワインを象徴する主要産地におけるこれら品種戦略は、単なる生き残りのための農学的調整を超え、テロワールという概念を「過去を冷凍保存したもの」から、「未来に向けて生き、適応し、進化を続ける有機的な概念」へと再定義する、歴史的な過渡期に突入しています。
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