1. 概要
パイス(País)は、チリを中心に栽培されている古くから存在する赤ワイン用ブドウ品種です。スペイン植民地時代にスペイン人によって南米にもたらされたとされ、南米大陸で最も古くから栽培されているブドウの一つです。特にチリでは、かつて最も広く植えられていた品種であり、「チリのワインの原点」とも言える存在です。
長らくテーブルワインやバルクワインの原料として扱われ、あまり注目されてきませんでしたが、21世紀以降、古木(ヴィエイユ・ヴィーニュ)に着目した自然派ワイン生産者たちによって再評価されつつあります。軽快で親しみやすく、フレッシュな果実味と酸を備えたスタイルは、ナチュラルワインのトレンドとも相まって注目を集めています。
2. 名前の由来
「País(パイス)」とは、スペイン語で「国」や「郷土」を意味します。この名は、チリにおけるこのブドウの普及と親しみの深さを象徴しているともいえるでしょう。
なお、同じブドウはスペインでは「Listán Prieto(リスタン・プリエト)」と呼ばれ、カナリア諸島やペルー、ボリビア、メキシコなどでは地域により異なる名称が用いられています。アメリカでは「Mission(ミッション)」という名で知られており、カリフォルニアの宣教師がこの品種を用いてミサ用ワインを造っていたことに由来します。
3. 栽培
パイスは過酷な環境にもよく耐え、乾燥や貧弱な土壌にも適応する生命力の強いブドウ品種です。とくにチリ南部のマウレ(Maule)やビオビオ(Bío-Bío)といった、雨が少なく昼夜の寒暖差が大きい地域に適しています。
栽培特性
- 萌芽(budding):やや早め
- 成熟(ripening):早熟~中庸
- 樹勢(vigour):高い
- 収量(yield):高い(ただし、古木になると減少)
- 耐病性:病害虫への耐性は中程度。乾燥地では栽培が容易
- その他の特徴:非常に古いブドウ樹(100年以上)も存在し、ブッシュヴァイン(株仕立て)として無灌漑で栽培されている
栽培管理が比較的容易で、特に標高の高い場所や粘土質・花崗岩質の土壌との相性が良いとされています。
4. 味わい
かつてはバルクワインのブレンド要素とされ、味わいが単純だと見なされていましたが、近年では収量を抑えた古木由来のブドウから、個性的で質の高いワインが造られるようになっています。
一般的な味わいの特徴
- 色調:やや淡いルビー色
- 香り:ストロベリー、ラズベリー、チェリーなどの赤系果実、わずかなスパイス香や土っぽさ
- 味わい:軽〜ミディアムボディ、なめらかなタンニン、伸びやかな酸。冷やしても楽しめるタイプが多い
- スタイル:無濾過・亜硫酸無添加のナチュラルワインも多く、軽快でジューシーな仕上がりがトレンド
伝統的な手法で造られたものでは、素朴で郷愁を感じさせる味わいが特徴的です。冷涼な地域で栽培されたパイスは、特に繊細で洗練された印象になります。
5. 主な生産地
パイスは現在、主にチリを中心に栽培されていますが、南米や北米、スペインの一部地域でも見られます。
チリ
- マウレ・ヴァレー(Maule Valley)
チリ最古のブドウ栽培地のひとつで、100年を超える古木が多数残っています。自然農法や低介入型の醸造が盛んで、世界的にも注目される地域です。 - ビオビオ・ヴァレー(Bío-Bío Valley)
チリ南部の冷涼な産地で、酸が美しく伸びるエレガントなスタイルのパイスが造られます。 - イタタ・ヴァレー(Itata Valley)
こちらも冷涼で古木が残る注目のエリア。酸とミネラルが特徴的なナチュラルワインが造られています。
その他の国
- スペイン(カナリア諸島など)
「Listán Prieto(リスタン・プリエト)」として一部地域に残っています。 - アメリカ合衆国(カリフォルニア)
「Mission(ミッション)」という名前で知られ、歴史的な意味合いを持つワインが少量造られています。 - メキシコ、ボリビア、ペルー
古くからの栽培が続いており、地元消費向けに利用されています。
6. 代表的なシノニム
パイスは地域によってさまざまな名前で呼ばれており、下表のようなシノニムが知られています。
シノニム名 | 名称の由来・背景 | 主な生産地 |
---|---|---|
Mission(ミッション) | 宣教師が植えたため、アメリカでこの名が定着 | アメリカ(カリフォルニア) |
Listán Prieto(リスタン・プリエト) | スペインでの古い名称(「黒いリスタン」の意味) | スペイン(カナリア諸島など) |
Criolla Chica(クリオージャ・チカ) | アルゼンチンにおける名称。南米に持ち込まれたスペイン品種の一つ | アルゼンチン |
Uva Negra(ウバ・ネグラ) | 「黒いブドウ」という意味の一般的な通称 | ボリビア、ペルーなど |
Negra Peruana(ネグラ・ペルアナ) | ペルーでの名称。スペインからペルー経由で導入された歴史に由来 | ペルー |
おわりに
パイスは、南米におけるワイン文化の始まりを語るうえで欠かせない、非常に歴史的なブドウ品種です。長らくテーブルワイン用として軽視されてきましたが、現在では古木の個性を引き出す造り手たちの努力によって、再び脚光を浴びています。
軽快で飲みやすく、自然派ワインファンにも愛されるパイスは、今後さらに注目されること間違いありません。チリワインを探求する旅の一歩として、ぜひ一度、パイスのワインを味わってみてはいかがでしょうか。
コメント