1. 概要
ムールヴェードル（Mourvèdre）は、力強い構造とスパイシーな風味、熟成に耐えるポテンシャルを持つ赤ワイン用ブドウ品種です。地中海沿岸の温暖な地域で多く栽培されており、特にフランス南部、スペイン、オーストラリア、アメリカなどで広く見られます。
この品種は、単一で用いられることもありますが、特に有名なのはグルナッシュ（Grenache）とシラー（Syrah）とのブレンド、いわゆる「GSMブレンド」において、ワインに骨格や深みを与える役割を果たす点です。
フランスでは南ローヌ地方の**ジゴンダス（Gigondas）やプロヴァンス地方のバンドール（Bandol）**で高く評価されており、特にバンドールでは単一品種としての魅力を最大限に引き出した長期熟成型のワインが造られています。
2. 名前の由来
「ムールヴェードル（Mourvèdre）」という名前の語源は明確ではありませんが、スペインの都市「ムルシア（Murcia）」にある古い町「ムルベドラ（Murviedro）」が語源であると考えられています。
スペインではこの品種を「**モナストレル（Monastrell）」と呼び、スペインが原産地とされています。一方で、フランスでは「ムールヴェードル」、オーストラリアでは「マタロ（Mataro）」と呼ばれるなど、国や地域によって呼び名が大きく異なることが特徴です。
3. 栽培
ムールヴェードルは、非常に温暖で日照の豊富な環境を好む晩熟型の品種で、冷涼な地域では十分に成熟しないリスクがあります。
- 萌芽（budding）：中程度。春先の霜にはやや敏感です。
- 成熟（ripening）：非常に遅い。収穫は10月までずれ込むことも。
- 樹勢（vigour）：強め。適切な剪定と管理が必要です。
- 収量（yield）：中〜高。過剰な収量は品質に影響するため制限が必要です。
- 耐病性：うどんこ病やベト病にはやや弱い傾向がありますが、乾燥には比較的強いです。
- 好む土壌：水はけのよい石灰質土壌や砂利質土壌。湿潤な土地ではうまく育ちません。
高温かつ乾燥した気候での栽培が適しており、強い日照と成熟期間の長さが、深みと凝縮感のあるワインを生み出す鍵となります。
4. 味わい
ムールヴェードルのワインは、濃厚で重厚なボディ、しっかりとしたタンニン、スパイシーな香りが特徴です。若いうちは堅さがありますが、熟成することで魅力が開花し、複雑で芳醇な味わいになります。
- 外観：濃い紫がかったルビー色。非常に色が濃く、グラス越しに透けにくい。
- 香り：ブラックベリー、プラム、ダークチェリーなどの黒系果実、黒胡椒、スモーク、ハーブ、獣臭、革、土、タールなど。
- 味わい：フルボディで高いタンニンとアルコール、酸味は中程度。若いと収斂性が強く感じられるが、熟成により滑らかで複雑な味わいに変化。
特に熟成したムールヴェードルは、ジビエ料理やラム肉、燻製料理などと相性抜群です。
5. 主な生産地
フランス（ムールヴェードル）
フランスでは、主に南部の温暖な地域で栽培されています。特に以下の地域が重要です。
- バンドール（Bandol）：プロヴァンス地方に位置するAOCで、ムールヴェードルが主役となる希少な単一品種ワインが造られます。熟成ポテンシャルが非常に高く、骨格と芳香の両面において高評価です。
- 南ローヌ地方：グルナッシュ、シラーとのブレンドで使用され、深みや構造を補います。
- ルシヨン地方：フランス南西部でも見られ、土壌の個性を反映した力強いワインが造られています。
スペイン（モナストレル）
スペインでは「モナストレル（Monastrell）」として知られ、特に以下の地域で広く栽培されています。
- フミーリャ（Jumilla）：高品質で手頃な価格のワインが多く、国際的にも注目されています。
- イエクラ（Yecla）、**アリカンテ（Alicante）**など、ムルシア周辺でもモナストレルが主要品種となっています。
温暖で乾燥したスペイン内陸部の気候はムールヴェードルの栽培に非常に適しており、安定した糖度と色合いの濃いワインが生まれます。
オーストラリア（マタロ）
オーストラリアでは、「マタロ（Mataro）」または「ムールヴェードル」と呼ばれ、GSMブレンドの一角として広く使用されています。
- バロッサ・ヴァレー（Barossa Valley）
- マクラーレン・ヴェール（McLaren Vale）
いずれも温暖な地域で、凝縮感のある果実味とスパイシーな風味を兼ね備えたワインが造られています。
アメリカ
アメリカでは、カリフォルニア州の中でも**パソ・ロブレス（Paso Robles）**など、温暖な気候の地域で注目が高まっています。ローヌ・レンジャーズ（Rhône Rangers）と呼ばれる生産者たちによって、ローヌ系品種としての魅力が再評価されています。
6. 代表的なシノニム
ムールヴェードルは、多くの地域で異なる名前で呼ばれており、以下のようなシノニムが存在します。
| シノニム名 | 名称の由来・背景 | 主な生産地 |
|---|---|---|
| Monastrell（モナストレル） | スペイン語名。修道士（monasterio）に由来すると言われる。 | スペイン（フミーリャ、イエクラなど） |
| Mataro（マタロ） | スペイン・カタルーニャ地方の港町「マタロ」に由来。 | オーストラリア、アメリカ |
| Mourvedre（ムールヴェードル） | フランス語名。ムルベドラという地名に由来。 | フランス（バンドール、ローヌ） |
| Balzac noir（バルザック・ノワール） | フランスでの旧称。色の濃い黒ブドウという意味。 | フランス |
| Esparte（エスパルテ） | スペインのアンダルシア地方などでの地方名。 | スペイン |
| Gayata（ガヤタ） | バレンシア地方での別称。 | スペイン |
おわりに
ムールヴェードルは、その力強さとスパイス感、そして熟成能力によって、世界中のワイン愛好家に愛されるブドウ品種です。若いうちはタンニンが強く骨太な印象ですが、時間の経過とともに複雑で奥行きのある味わいを見せる点が、この品種の最大の魅力です。
スペインの果実味豊かで親しみやすいモナストレルから、フランス・バンドールの長熟ワイン、オーストラリアの濃密なGSMブレンドまで、表現の幅が非常に広い品種ですので、ぜひ様々なスタイルを試してみてください。
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